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旅行(スリランカ)

2014年12月15日 (月)

スリランカ凸凹旅行 出会った人たち(働く人々)

空港出口のお店

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トゥクトゥク

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ろうけつ染め

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仏像や面などを加工販売しているところ

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2014年12月14日 (日)

スリランカ凸凹旅行 出会った人たち(祈る人・祀る人)

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2014年12月13日 (土)

スリランカ凸凹旅行 出会った人たち(子ども)

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2014年12月12日 (金)

スリランカ凸凹旅行 動物篇(仏歯寺・石窟寺)

薄暗い部屋で猫に焦点を合わせたつもりだったが、現像してみると、な、なーんと仏像の足に焦点が合っている。うーむ、なむなむなむ・・・

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2014年12月11日 (木)

スリランカ凸凹旅行 動物篇(大塔周辺)

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2014年12月10日 (水)

スリランカ凸凹旅行 ビンナワラ象の孤児院

ジャングルなどで保護された野生の子象を育てているところ。現在80数頭いる。元来象は母系社会でボスのメスのもとに群れを作っているが、狭い場所に雄も混ぜて飼っていると、どうしても繁殖する機会が増えて、子象が生まれる数が多くなる。そこで一定程度に飼育する象の数を保つために、雄は離して飼っているが、どうしても発情した雄は気が荒くなるので鎖に繋いで飼うことになる。

孤児院の入り口

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川に行く道。

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川で遊ぶ象の群れ。右端の象は発情した雄なので鎖に繋がれているが、必死で雌に近づこうとしている。ちょっぴり可哀想。

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飼育員におこられても、なんどでも人間(観光客)に近づこうとする子象。

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観光客に近づきすぎないように注意する飼育員と象たち。

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川を上がったところに記念写真を撮る場所がある。一回100スリランカルピー(約100円)

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2014年12月 8日 (月)

スリランカ凸凹旅行 キャンディアンダンス

キャンディはスリランカを代表する都市で、日本の京都のような街だといわれている。

そのキャンディの代表的な芸能がキャンディアンダンスだが、他の東南アジア大陸部の国々の伝統的舞踊とはかなりイメージが異なり、激しい太鼓の音がベースになっている。また動きが速く薄暗い舞台ではその動きを映し停めることは至難技。私には無理だった。

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こういう演出はヴェトナムやカンボジア、タイにはなかったので新鮮だった。

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こういうファイアーショーはインドネシアとかオセアニア(オーストリアやニュージーランドなど)系なんでしょうか。この国の立地を思い浮かべますね。

蛇足ですが、私の旅行中は中国人よりもヨーロッパ系の観光客が多く見られました。

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2014年12月 7日 (日)

スリランカ凸凹旅行 ボロンナルワ

ボロンナルワは10~12世紀にシンハラ王朝の首都があったところで、全盛期にはアジア各国から僧侶が訪れる仏教都市であったということから、現在も多くの仏教遺跡がある。

<クワードラングル>

宮殿の北側にある。城壁でクワード(方形)に囲まれた地域。

ラター・マンダバヤ:ニッサンカ・マーラ王が僧の読経を聞いた場所。8本の柱が蓮の茎の形をしている。

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<アタダーゲ>

11世紀の仏歯寺跡。

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<ワタダーゲ>

円形の仏塔だった遺跡。入り口柱には悪魔の進入を防ぐ像が彫られている。

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<ハタダーゲ>

12世紀の仏歯寺の跡。

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<ガルボタ(石の本)>

椰子の葉の本の形をした石。インドの侵略のことや政策を命じたニッサンカ・マーラを賛美すること文字言葉が彫られている。東南アジアの古代では各国とも樹の葉に文字を書いていたのでその名残かな。

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<キリ・ヴィハーラ>

仏舎利塔。キリとはミルクのことで漆喰を塗ってあるのでこういう色だが、700年前からほとんどそのままの状態。何故昔の建築物は長持ちするのか。それはその土地に一番あった材料を使い、一番適した建築方法で建築するからなのだ。最近の建築物は統一した規格で建築するから長持ちしない。日本で例えれば瓦が良い例だ。最近の瓦はまるで長持ちしない。昔は日本各地でそれぞれの材料と加工方法で瓦は作られていた。1000年以上前に建てられたお寺は部分的な修復をしながらではあるが、最新式の建材と建築法で建てられた鉄筋コンクリートの建物より長持ちするのは何故か。経済性や効率を一番に考えた建物は長期的にみれば経済的でない建物なのだ。ましてや建築家のブランドイメージに固執して、世界中に同じような建物を建てるということはどうなんでしょうね。考え直す時が来ているように私は思っている。

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<ランカティラカ>

中央の仏像の後ろには瞑想の道があり、当時は僧侶が一日三回この道を瞑想して通った。

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<ガル・ヴィハーラ>

一枚の岩を彫った涅槃像、立像、座像の三体の石像が並んでいる。

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2014年12月 6日 (土)

スリランカ凸凹旅行 キャンディ(仏歯寺・キャンディ湖)

インドでお釈迦様が死んで火葬にされると、人々(各地の部族など)は争って遺骨や歯を手に入れようとした。この歯が4世紀にインドからスリランカにもたらされた(奉納)後、都が移るたびに歯も一緒に運ばれた。仏歯は王の権威の象徴であった。1590年キャンディに仏歯が運び込まれて、新しい寺院に納められた。ポルトガルに占領され仏歯を破壊されそうになった時は偽物を渡して難を逃れた。仏歯は一般スリランカ人にとっても何物にも替えられない宝であった。

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仏歯のある部屋。一日三回、プージャー(仏への礼拝)の時だけ扉が開けられる。

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仏歯寺近くにあるキャンディ湖。

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2014年12月 5日 (金)

スリランカ凸凹旅行 ダンブッラ

ダンブッラにはスリランカ最大の石窟寺院がある。

この寺院(日本のガイドブックではダンブッラ石窟寺院となっているが、寺院の正面にはゴールデン・テンプルと表示している)には全部で5つの洞窟にお釈迦様が祀られている。石窟にはそれぞれ「神々の王の寺」「偉大な王の寺」など名前がついている。

写真の順番は石窟の順番とは一致していないがこの寺院の特徴を表す物は載せたつもり。

また、余計なことかもしれないが、第四窟では以前に観光客がお釈迦様の手のひらに乗ったことで、法力が失われたとして、一度塗りを剥がして再度塗り直した仏像がある。観光することはその国の文化を知り、理解することだからその言動に気をつけたいものだ。日本人観光客でも、最初に現地ガイドがきちんと説明したのに、仏像に背を向けて(お尻を向けて)自画像を撮ろうとして、係員に注意されている人を見かけた。昼食のビールを飲んで寺院を見学する私も大きなことは言えない(観光客のビールを飲んでのお寺見学は現地で認められているが、現地の在家信者から見れば好ましいことではない行動)。

お寺の正面。

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入り口

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第二窟には天井から湧き水がしたたり落ちている。ダンブッラとは「水の湧き出る岩」という意味でこの第二窟が由来となって地名にもなっている。この湧き水は聖水とされ、水の落ちるところに壺が置かれ囲いで保護されていて、特別な日しかこの壺にさわれない。

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お釈迦様涅槃像の足の裏。

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外からみた石窟寺院。一枚の大きな岩に石窟が彫られている。

雨でレンズが曇っていることに気がつかなかったので中央がぼやけている。

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