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旅行(ミャンマー)

2016年12月20日 (火)

旅行(ミャンマー)  最終回・雑感

ミャンマー独立戦争の英雄であるアウンサン将軍(日本のWikipediaの内容はあまりにも陳腐)が執務していたヤンゴンの建物は現在レストラン兼アウンサン将軍の記念館になっている。私が食事をした時も欧米人などで賑わっていた。

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私が外国に観光旅行に行くときは、ただの観光では高いお金をだして行く価値がないと思い、少しはその国の歴史や文化を調べていく。それと、マスコミやジャーナリスト、研究者の目というフィルターを通さないで、自分の目でその国の人たちや文化を見てみたいという気持ちがある。しかし、いろんな食べ物を食べているうちに、食べ物から見た原日本人というものに興味が出てきた。例えばミャンマーのシャン州のカックー遺跡では納豆を食べた。そこで日本に帰ってきてから本を読むと、シャン州だけでなくインドシナ半島山岳部では、タイ北部やラオス、ネパール、ブータンなどにも納豆文化があるらしいことがわかった。稲作の伝播ということを考えると、縄文時代に日本列島に稲作をもたらせた人たちとも深い関係(同じ祖先?)があるように思える。
などと考えると、更に旅行が楽しみになってきた。同じツァーで知り合った人たちはヨーロッパやエジプト、中南米を推薦してくれるが、私にはまだまだ行くべき地域があるような気がする。しかし、来年になったら急に気が変わって東・中欧に行っているかもしれないが、体力のある内にいろんな地域に行ってみたいと思う。日々の生活でもっと節約しなければと思っている。
下の写真はホテルの朝食。麺は細いので素麺のようなものかと思ったが、現地ガイドによると、米の麺、つまり極細うどんらしい。味は薬味がパンチがあることもあって、素麺との区別はつかなかった。
自分で茹でるのかどうかわからなくて、首を傾げてみていると、ホテルの従業員が適当に薬味をいれて茹でてくれた。トングの上のざるに生の極細うどんが入れてある。

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右上皿に入った麺が極細麺。左のスープのような物をかけて食べると食べやすくなる。右下は私が外国旅行に行ったときの朝の常食である、ポテトのフライとかりかりベーコン。

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ミャンマーでは通常の米だけでなく、餅米もよく食べる。これもタイなどと同じ食文化。
ちまきは日本のものとほとんど同じ。また、インレー湖のレストランで小豆スープを食べたが、これは日本のお汁粉から砂糖を抜いた物を考えればいいだろうか。ただし、こし餡やつぶし餡ではなく、小豆そのものをことこと煮たもので、小豆そのもの味・風味がたまらなく美味しい。

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私の場合は外国旅行に行くと体重が落ちる。同じツァー客のように大皿でがっぽりと食べることができない。胆石で胆嚢をとってから、すっかり小食が当たり前になっているのだが、旅の途中で下痢をして、みんなに迷惑をかけてはいけないという意識もあって、通常より食事の量は減る。体重が落ち、体脂肪率が落ち、内蔵脂肪率が落ちる。しかし、今回のミャンマー旅行ではインドよりも肉を多く食べた。帰宅すると、体重は行く前と比べてほとんど変わりがなかったのに、なんと現役時代のような、体脂肪率のからだになっていた。ガイドブックではミャンマー料理は油をたくさん使うので注意とあったのだが、内蔵脂肪率にいたっては「まじかよっ!」と思うほど減っていた。しかし、これから寒さが厳しくなることを思えば、もっと体脂肪率を上げたいので、食事の量を無理して多くしているが、1ヶ月近くになってやっと出発前の体脂肪率になった。さて、ミャンマー料理の何が体脂肪率の低下に繋がったんだろうか???

2016年12月17日 (土)

旅行(ミャンマー)  「べっぴんさん」<雑誌2>

明日は「真田丸」の最終回なので、明日の予定を早めて今日<雑誌2>を載せます。
私は茶々が真田信繁と二人で浅井長政の遺品を、蔵で見た時からこのドラマの背骨が決まったような、妄想を抱いていたので、最終回はしっかりと、BS6:00からと、地上波8:00からと2度観たいと思っています。
茶々の死に様と真田信繁&後藤又兵衛の死に様をしっかりと観てやるぞ三谷幸喜!
先日地上波のNHKでミャンマーから日本の「kawaii」に憧れて、自分でデザインした服を日本の店に持ってきた女の子が出演していましたが、そのファッションはオジンの私にまるで理解できない異次元のkawaiiファッションでした。そういう意味でも、ミャンマーの若者のファッションセンスはすでに日本に追いつきつつあるよう気がしました。専門家から見ればまだまだなのかもしれませんが、無知なオジンにはそう思えました。
この、<雑誌2>では、男性のファッションも「closer」から紹介します。このブログには女性の方も訪問されているので、少しサービスです(o^-^o)

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旅行(ミャンマー)  「べっぴんさん」<雑誌1>

ミャンマーの街の中にある書店で買った「closer」という雑誌からコピーして紹介します。
表紙がスマホのCMというのはどうなんでしょうか。日本では芸能雑誌を40年以上買っていないので、まるでわかりません。ただ、写真のクオリティの高さにびっくりしています。長い期間、軍政が続いていた国ということで、こういう関係は、野暮ったいだろうなとか、タイの雑誌のようなアカンやろ写真が載っているかもと思っていましたが、本当に驚きました。スマホの普及率が日本より遙かに高いという事情が理解できたと思いました。
私が見た東南アジアの雑誌の中で1番クオリティが高い(紙の質も含めて)写真だと思います。

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2016年12月16日 (金)

旅行(ミャンマー)  「べっぴんさん」その2

ガーペ寺院

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シュエジゴン・パゴダ

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シュエジゴン・パゴダ

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2016年12月15日 (木)

旅行(ミャンマー)  「べっぴんさん」その1

ゴールデンロック

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カックー遺跡

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2016年12月14日 (水)

旅行(ミャンマー)  働く人たち<その他>

インレー湖の水上集落の土産物屋で記念撮影をしてチップを貰う仕事のパダウン族の女性。ミャンマーで買ったパンフレットによると、5才から金輪を首と脚につけ始める。最初は5個。思春期になった時や、結婚するとき、家族に幸福が訪れたときに金輪を増やすということです。家族に幸福が訪れた時も金輪を増やすというのが、なんとなくいいですね。写真では観光客が彼女達と一緒に記念写真を撮るためのスペースが開けてあります。右端の女性は機織りのパフォーマーです。

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タイで撮った首長族の写真を比較するために載せます。この女の子も機を織っていました。タイとミャンマーの国境に近いメーホンソーンかチェンマイの観光村だったと記憶しています。この女の子(女性と表現すべきかな?)はアイメイクや口紅を塗っていますが(頰紅もかな?)、タナカという日焼け止めを塗っていません。この村の女性は全員塗っていませんでした。上のパダウン族の女性は一般のミャンマー人と同じように頰やおでこに白いタナカを塗っています。

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インレー湖の水上ホテルで観光客を出迎える孔雀の衣装をきたパフォーマー。

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ゴールデンロックへ行くには、キンプンでトラックバスに乗り換えるのですが、そのトラックバスの乗り場のお店の人。

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2016年12月13日 (火)

旅行(ミャンマー)  働く人たち<パオ族>

インレー湖の側やその東へ山を一つ越えたカックーに住むパオ族は、独自の文化と言語を持つ。その一つに頭のターバン。これは龍を表しているとのこと。カックー遺跡のすぐ前にあるレストランで働く女性達に、その巻き方を実演してもらった。
黒(濃い藍色?)の衣装もこの民族の特徴。ミャンマーでは藍染めも行われている。
パオ族の常食は納豆。日本の納豆と違って、ほとんど粘りがない。匂いも弱い。塩分が多い。パオ族は毎日食べているそうだ。女性の肌が輝いているのは納豆効果かな?

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男性はシンプルだが、やはり龍を表現しているらしい。
左端の男性がパオ族のガイド。ミャンマー人の現地ガイドとは英語で会話していた!学校で英語を勉強している学生だそうだ。この学生は写真で見ると明らかな黒色の衣装。私の記憶でも黒色だった。(笑)

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2016年12月12日 (月)

旅行(ミャンマー)  働く人たち<ゴールデンロックの男性>

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2016年12月11日 (日)

旅行(ミャンマー)  働く人たち<ゴールデンロックの女性>

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2016年12月10日 (土)

旅行(ミャンマー)  バガン<民族舞踊>

民俗舞踊を民族舞踊に書きかえたのにブログ広場で表示されているのは民俗舞踊。
まっ、いいか。┐(´д`)┌ヤレヤレ
パフォーマンス
舞踊と楽器演奏

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操り人形が人間と同じ舞台でパフォーマンスをするのは、私は初めて見ました。人形は日本の操り人形よりも大きく感じました。

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